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第3話 4月2日 初めての朝、初めての涙

Author: ちばぢぃ
last update Huling Na-update: 2025-12-02 11:00:44

朝の5時45分

まだ薄暗い部屋で、颯音の寝息がすぐ横で聞こえていた。

昨夜は結局、布団を一つにして寝てしまった。

颯音が「離れると怖い」って言ったから。

俺も同じだった。

颯音の髪が俺の頬にかかっている。

少し汗ばんでいて、甘い匂いがした。

俺はそっと手を伸ばして、颯音の髪を撫でた。

寝顔が、泣き腫らした跡のままなのに、どこか安心しているように見えた。

颯音「……ん……蓮……?」

寝ぼけた声で、颯音が俺の胸に顔をすり寄せてきた。

蓮「まだ早いよ。もうちょっと寝てていい」

颯音「……うん……」

すぐにまた寝息が戻った。

俺は天井を見上げた。

古い梁の匂いと、海の遠い音。

ここが俺たちの新しい家なんだって、改めて実感した。

時計の針が6時を指した。

おばあちゃんが階段を上がってくる音で、二人して目を覚ました。

おばあちゃん「朝ごはんできたよー。起きておいで」

颯音が慌てて俺から離れた。

耳まで真っ赤だ。

颯音「み、見られてたら……どうしよう」

蓮「大丈夫。おばあちゃん、優しいから」

それでも颯音は恥ずかしそうに布団に潜り込んで、しばらく出てこなかった。

朝ごはんは、焼き魚と卵焼き、味噌汁にご飯。

おばあちゃんの手料理は、母さんのとは全然違って、素朴で温かかった。

おばあちゃん「今日は転入手続きに行く日じゃ。学校は歩いて十五分くらいの瀬尾小学校」

颯音が箸を止めた。

颯音「……瀬尾小学校?」

蓮「俺たちの前の学校と同じ名前だ」

おばあちゃん「そうじゃよ。偶然じゃのう」

颯音と目が合った。

同じ名前の学校に通うなんて、まるで運命みたいだと思った。

家を出る時間になり

二人で制服に袖を通す。

颯音の制服は、前の学校のものより少し大きい。

おばあちゃんが「すぐ買い換えに行こうね」と言ってくれた。

颯音「……蓮、ネクタイ、曲がってる」

蓮「え、ほんと?」

颯音が近づいてきて、俺のネクタイを直してくれた。

指先が震えている。

颯音「俺……人前で、こんな格好するの久しぶり」

蓮「俺も……緊張してる」

颯音が小さく笑った。

颯音「でも、一緒だから平気」

学校までの道は、坂道と海沿いの道。

桜が満開で、花びらが風に舞っていた。

颯音「綺麗……」

蓮「うん」

颯音が俺の袖を掴んだ。

颯音「……蓮、離れないでね」

蓮「離れない」

学校に着くと、校門の前でクラス分けの紙が貼ってあった。

俺たちは――同じクラスだった。

颯音が、ぽろっと涙をこぼした。

颯音「……よかった」

蓮「ほんと、よかった」

教室に入ると、みんながこっちを見た。

転校生ってだけで目立つのに、しかも二人一緒。

先生が俺たちを紹介した。

先生「今日から仲間になる、蓮くんと颯音くんです。みんな仲良くするんだぞ」

颯音が俺の背中に隠れるようにして、小さく頭を下げた。

席は、窓際の後ろから二番目。

俺と颯音、隣同士だった。

授業が始まっても、颯音はほとんど喋らなかった。

ノートを取る手が震えている。

休み時間。

クラスの子たちが寄ってきた。

クラスメイト「ねえ、兄弟?」

蓮「……違うよ」

クラスメイト「でも、めっちゃ仲良さそうだよね」

颯音が俯いたまま、小さく呟いた。

颯音「……親が離婚して、一緒に暮らすことになっただけ」

教室が静まり返った。

俺は颯音の手を握った。

蓮「そういう事情だから、よろしく」

みんなが少し離れていった。

颯音が震えていた。

颯音「……ごめん、蓮。変なこと言っちゃって」

蓮「いいよ。俺たち、変な状況なんだもん」

颯音「でも……恥ずかしい」

蓮「俺も恥ずかしいよ。でも、一緒にいることが大事だから」

颯音が、ぎゅっと俺の手を握り返した。

昼休み。

屋上で二人でお弁当を広げた。

おばあちゃんが作ってくれた卵焼きと、ウインナーと、おにぎり。

颯音「……蓮」

蓮「ん?」

颯音「俺、今日……学校来てよかった」

蓮「俺も」

颯音が泣き出した。

突然、肩を震わせて。

颯音「だって……みんな普通に笑ってて、普通にご飯食べてて……俺たち、普通じゃなくて……」

蓮「颯音……」

颯音「俺、昨日まで自分の部屋で泣いてたのに……今日、こんな普通のことしてるのが……不思議で……」

俺は颯音を抱きしめた。

屋上には誰もいない。

風が吹いて、桜の花びらが舞い落ちる。

蓮「俺もだよ。颯音が隣にいてくれるから、普通にいられる」

颯音「蓮……大好き」

蓮「俺も」

颯音が俺の胸で泣きじゃくった。

俺も泣いた。

初めて、学校で泣いた。

放課後。

帰り道、颯音が急に立ち止まった。

颯音「……蓮、見て」

海の上に、夕陽が沈んでいく。

真っ赤で、眩しくて、綺麗すぎて。

颯音「今日も……一日、終わっちゃうね」

蓮「うん」

颯音「でも、明日もある」

蓮「363日残ってる」

颯音が笑った。

涙でぐしゃぐしゃの顔で、でも確かに笑った。

颯音「蓮と一緒なら……363日でも、365日でも、ずっと一緒にいられる」

家に帰ると、おばあちゃんが待っていた。

おばあちゃん「どうだった? 学校」

颯音「……泣いちゃった」

おばあちゃん「そりゃそうじゃろ。大丈夫、泣いてもいい」

颯音がおばあちゃんに抱きついた。

颯音「……おばあちゃん、ありがとう」

夜、布団に入ると、颯音がまた俺の布団に入ってきた。

颯音「……今日も、一緒に寝ていい?」

蓮「もちろん」

颯音が俺の胸に顔を埋めた。

颯音「蓮の心臓の音……落ち着く」

蓮「颯音の寝息も」

颯音「……蓮」

蓮「ん?」

颯音「今日、初めて……学校で好きって言った」

蓮「……うん」

颯音「恥ずかしかったけど……言えてよかった」

蓮「俺も、言えてよかった」

颯音「明日も……言っていい?」

蓮「毎日、言おう」

颯音「……約束」

俺たちは指切りした。

小指と小指が絡まって、離れない。

颯音「おやすみ、蓮」

蓮「おやすみ、颯音」

外で波の音がする。

新しい家の匂いがする。

颯音の温もりがする。

今日も泣いた。

でも、明日はきっと、もっと笑える。

俺たちの363日が、また一つ減って。

残り362日。

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